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東京高等裁判所 昭和29年(く)82号 決定

少年 S・S(昭二〇・三・二四生)

主文

原決定を取り消し、本件を横浜家庭裁判所に差し戻す。

理由

本件抗告の理由の要旨は、原決定の処分は著しく不当であるというものであるので、この点について考えてみると、一件記録、取寄にかかる共犯者高塚義孝の少年保護事件記録及び当審における事実取調の結果によれば、本件犯行は少年と同じ大学である○○○大学短期農業科一年生のA(昭和二〇年三月二四日生)と共謀のうえの下宿先で行なわれたものであること同人らはこれまで刑事上の処分も保護処分も全然受けたことがないこと、少年の父S・Tは昭和三九年五月四日本件について被害者側へ慰籍料金三万円を支払つて示談を遂げ、被害者の父から告訴の取消がなされたこと、A側においても被害者側と示談を遂げ、Aに対する告訴も取消されたことを認めることができるのであつて、これらの事実関係からすれば、少年の場合とAの場合とではその間にほとんどその処分を異にしなければならないと思われる事由を見出し難いのである(少年とAとのいずれが本件犯行の敢行を先に言い出したかという点についても、両者の司法警察員に対する各供述調書には、それぞれ相手が先に言い出した旨の記載があり、この点も必ずしも明確とはいい難い)。しかも少年には両親が健在であり、少年の父としても今後は十分少年を監督することを誓つており、一方Aの父は同人の八歳のときに母と離婚し、爾来同人は母一人に育てられて来たものであり、家庭関係においては少年の方がAに比しむしろ好ましい状態にあるともいえるのであつて、以上のように見て来ると、Aが本件犯行について東京保護観察所の保護観察処分に付され(昭和三九年五月一三日東京家庭裁判所においてその決定が言渡されている)、少年が中等少年院へ送致されるという結果について当裁判所としては納得し難いものがあるのであつて、すなわち当裁判所としては原決定のいうところの本件事犯の重大性を理解できないわけではないけれども、Aの処分との比照という点その他の状況からみて原決定の処分は著しく不当であるという外はない。

以上の次第で、本件抗告は理由があるから、少年法第三三条第二項により原決定を取り消し、本件を原裁判所に差し戻すこととして主文の通り決定する。

(裁判長判事 足立進 判事 栗本一夫 判事 上野敏)

参考二

抗告申立書

少年 S・S

右の者に対する横浜家庭裁判所昭和三九年少第二七五七号強姦致傷保護事件について、昭和三九年五月二一日同裁判所において中等少年院に送致する旨の保護処分の決定を受けたが、右決定は全部不服であるから抗告の申立をする。

申立理由

追つて提出する。

昭和三九年五月二八日

付添人弁護士 三浦徹

同 山崎勇

同 田辺尚

東京高等裁判所御中

参考三

抗告申立理由書

少年 S・S

右の者に対する強姦致傷保護事件の抗告申立の理由は次のとおりである。

昭和三九年六月三日

付添人弁護土 三浦徹

同 山崎勇

同 田辺尚

東京高等裁判所御中

申立理由

一、原決定は著しく不当であつて破棄を免れない。

(一) 原決定は本件犯行の重大性に眼を奪われて、保護処分の本質を忘れている。

本件非行事実は確かに刑法上は重刑をもつて処断さるべき行為である。しかしながら、いやしくも少年に対し保護処分をもつて臨む以上処分の内容はあくまでも少年に対する有効適切な保護を主眼として決せらるべきであり、非行自体の悪質性のみを重視して少年院収容処分が妥当と考えるのは少年保護事件に対し不当に刑事裁判における応報刑一般予防主義の見地を導入し、且裁判所自ら少年院を刑務所と同視する誤りを犯すものである。のみならず、本件は一八歳の健康な少年の抑圧された性衝動の爆発から発生したものであるを考慮するとき、必らずしも原決定の如く何らの情状酌量の余地なきものと断じ去ることは出来ない。

(二) 少年は現在大学一年在学中である。少年院収容は少年を学業から引き離して、将来の希望を失わしめる残酷な処置である。

(三) 少年の家庭環境は、両親は健在、兄弟も少なく(弟妹各一名)父Tは国鉄○○駅助役を勤め生活程度も普通であり、少年の保護監督に充分努力し得る恵まれた状況にある。

のみならず、父Tは従来少年に対する教育態度が自由放任に過ぎた点は充分反省しており、今後は充分の監督を加え、少年を責任感と自制力ある社会人に教育することを期している(別紙上申書・省略)。将来一家の支柱となるべき者として期待していた少年が本件の如き事件を起した場合、人の親としてかかる反省と覚悟は当然であり、その真実性は充分肯定し得るところである。

(四) 父Tは、別紙〈省略〉のとおり被害者の父親に金三万〇、〇〇〇円を支払い、心から謝罪の意を表明している。

(五) 本件の共犯であるA(少年)は昭和三九年五月一五日東京家庭裁判所において在宅における保護観察処分の決定を受け現に通学中である。非行性、本件犯行における行為の態様、及び家庭環境の点で必らずしも本件少年より有利とは考えられない。右Aに対する処分と比較しても原決定は酷に失すると言える。

以上の点を考慮するとき、本件については少年を家庭に止め保護者の厳重な監督の下に学業に専念させることこそ最もよく少年の矯正を期する故以であると解する。

これに反し、原決定の如く少年に学業を中断させ、恵まれた家庭環境から引き離した上中等少年院に収容する処分は、少年に更生の希望を失わせ、犯罪者の道を歩ませるものであつて少年のためにも社会のためにも決して得策ではない。

本件について鑑別所及び原裁判所調査官の処遇意見が何れも在宅における保護観察であることも右の見解の正当性を裏付けるものである。

二、以上の理由から原決定を取消す旨の裁判を求めるものである。

〔編注〕 受差戻家裁決定昭三九・九・二二保護観察

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